■AIの進化によって、人の価値はどう変わるのか?
生成AIの急速な進化によって、私たちの働き方は大きな転換期を迎えています。
文章の作成、情報収集、データ分析、企画立案など、これまで人が多くの時間を費やしてきた仕事を、
AIが短時間で支援できるようになりました。
企業にとって、AIによる業務効率化や生産性の向上は、今後ますます重要な経営課題になるでしょう。
しかし、ここで一つ考えたいことがあります。
AIによって仕事が効率化されたとき、私たちは、その先にどのような価値を生み出していくのでしょうか。
例えば、AIによって事務作業にかかる時間が半分になったとします。
そこで生まれた時間を、さらに多くの業務をこなすために使うのか。
それとも、部下との対話や育成、お客様への提案、新しいサービスの創造に使うのか。
その選択によって、企業が生み出す価値は大きく変わってくるはずです。
AIによって人の仕事がどう変わるのかだけでなく、AIを活用する時代だからこそ、人が生み出す価値をどう高めていくのか。
今回は、ホスピタリティの視点から、これからの企業経営に求められる「人の価値」について考えていきたいと思います。
■AI時代に、企業が高めるべき「人の価値」とは
AIの進化によって、人材に求められる能力も変化しています。
世界経済フォーラム(WEF)が発表した2025年の「Future of Jobs Report」では、
世界1,000社以上の雇用主を対象とした調査において、AI・ビッグデータを中核スキルと考える企業が45%だった一方、
リーダーシップと社会的影響力は61%、共感と積極的傾聴は50%、顧客サービス志向は47%となっています。【図1参照】
もちろん、AIも相手の感情を踏まえた文章を作成したり、優れたアイデアを提案したりすることができます。
しかし、その提案を目の前の相手にどう届けるのか。相手の状況を理解し、何を大切にすべきかを判断し、
実際の行動に移すことには、人の意思や主体性が大きく関わっています。
私は、AI時代に高めるべき人の価値とは、単なる知識やスキルだけではなく、相手の立場に立って考え、自らの意思で、
相手にとっての新たな価値を生み出す力だと考えています。
そして、その力を発揮するための基本姿勢こそ、ホスピタリティなのです。
■マニュアルどおりの仕事から、相手の喜びを生み出す仕事へ
ここで、あるホテルで実際にあったエピソードをご紹介します。
そのホテルに、連泊されているお客様がいらっしゃいました。
ある日、客室清掃のスタッフがお部屋に入ると、窓際に置いてあったスタンドライトが、デスクの横に移動していることに気づきました。
通常の客室清掃であれば、移動していたスタンドライトを元の位置に戻し、決められたとおりにお部屋を整えるでしょう。
しかし、そのスタッフは違いました。
「きっと、デスクでお仕事をするには、明かりが暗かったのではないだろうか」
そう考えたスタッフは、スタンドライトを元の位置に戻したうえで、別のポータブルライトをデスクに用意しました。
そして、次のようなメッセージカードを添えたのです。
「デスク周りが暗く、ご不便をお掛けしました。よろしければ、こちらのスタンドライトをお使いください。」
お客様は、この心配りを大変喜ばれたそうです。
私は、このエピソードに、AI時代に人が生み出す価値の本質があると考えています。
もちろん、AIに客室の状況を伝えれば、お客様の不便を推測し、照明を追加するという提案もできるかもしれません。
しかし、このスタッフは、誰からも指示されていないにもかかわらず、小さな変化に自ら気づき、
その理由を想像し、お客様のために行動しました。
単に客室をきれいに整えるという仕事から、お客様の滞在をより快適にするという仕事へ。
決められた仕事をこなす「定型型」から、相手の状況に合わせて価値を生み出す「適応型」への転換です。
私たち、ザ・ホスピタリティチーム(THT)は、
ホスピタリティを「互いの喜びを生み出す、人と人との基本姿勢・行動」と定義しています。
大切なのは、相手の喜びを自ら考え、それを具体的な行動に変えることです。
このような行動は、ホテルに限らず、営業、販売、医療、介護、製造業など、あらゆる仕事で実践できるはずです。
AIによって情報収集や定型業務を効率化し、人は、その先にある相手への理解や心配り、付加価値の創出に、より多くの力を注ぐ。
それが、AI時代におけるホスピタリティの可能性だと考えています。
■人の価値を、個人の能力から組織の力へ
ただし、優れたホスピタリティを持った社員が一人いるだけでは、企業全体の価値が高まるとは限りません。
社員一人ひとりの力を組織全体の力に変えるためには、互いを尊重し、信頼し合い、
安心して意見を交わせる職場環境が必要です。
以前、私が支援した、あるウェディング施設での出来事です。
その施設では、上司と部下の関係性が悪化し、業績も低迷していました。
そこで私たちは、ホスピタリティをチーム全員の共通の行動原理とする組織づくりに取り組みました。
お客様にホスピタリティを発揮する前に、まずは一緒に働く仲間に対してホスピタリティを発揮すること。
相手の立場を理解し、互いを尊重し、感謝や承認を伝え合う。
こうした取り組みを通じて、上司と部下の関係性が改善し、職場の心理的安全性も高まっていきました。
すると、それまで上司に相談しにくかったウェディングプランナーたちが、新規のお客様への提案について、
気軽に相談できるようになったのです。
一人で考えていた提案に、上司や仲間の知識、経験、アイデアが加わる。
その結果、提案の質が高まり、受注率が向上し、施設の業績も大きく改善しました。
この事例から、私が強く感じたことがあります。
人の価値は、個人の能力だけで決まるのではなく、人と人との関係性によって、さらに大きな価値へと発展するということです。
THTでは、こうした仲間同士の信頼や相互理解、感謝、承認によって、
働きがいのある職場をつくることを「インナーホスピタリティ」と呼んでいます。
そして、その組織力を、お客様への付加価値の創出につなげることが「カスタマーホスピタリティ」です。
AIを導入するだけでなく、人の力を最大限に引き出せる組織をつくる。
これからの企業には、その両方の取り組みが必要なのではないでしょうか。
■AIで生まれた時間を、付加価値に変える
では、経営者は、AI時代にどのような組織づくりを進めるべきなのでしょうか。
私は、AIによって生まれた時間を、社員がより大きな価値を生み出すために活用できる組織づくりが重要だと考えています。
例えば、管理職がAIを活用して資料作成や報告業務を効率化できれば、その時間を部下との対話や育成に充てることができます。
営業担当者であれば、情報収集や提案資料の作成にかかる時間を減らし、お客様との対話を深めることができます。
また、サービスの現場であれば、定型的な業務を効率化することで、お客様一人ひとりの状況を理解し、
期待を超えるサービスを考える時間を増やすこともできるでしょう。
しかし、時間が生まれたからといって、自動的に付加価値が生まれるわけではありません。
そこで重要になるのが、社員一人ひとりが「誰に、どのような喜びを生み出したいのか」を考え、
自ら行動できる力を育てることです。
さらに、個人の気づきやアイデアを、組織全体で共有し、実践できる環境を整えることも欠かせません。
Microsoftの2026年の「Work Trend Index」では、AIを利用する従業員のうち、
個人のAI活用能力と組織の支援体制の両方が高い層は19%にとどまっています。
これは、10か国のAI利用者を対象とした自己申告調査による結果です。【図2参照】
AIの活用を個人任せにするのではなく、組織として支援し、成果につなげていくことが求められています。
これからの人材育成には、AIを使いこなす技術とともに、人との関係を築き、相手の期待を理解し、
新たな価値を生み出す力を育てることが必要です。
■AI時代に求められる、ホスピタリティ・マネジメント
私たちTHTが提唱するホスピタリティ・マネジメントとは、ホスピタリティの力を、
人・顧客・社会の好循環と経営成果につなげるマネジメントです。
社員同士が互いを尊重し、信頼し合い、一人ひとりの能力を発揮できる組織をつくる。
その組織力を、お客様への付加価値の創出につなげる。
さらに、自分たちの仕事が社会にどのような喜びや貢献を生み出しているのかを理解し、社員の働きがいや誇りを育んでいく。
こうした人・顧客・社会の好循環を生み出すことが、持続的な経営成果につながると考えています。
AIによる生産性の向上と、ホスピタリティによる付加価値の創出。
この2つを対立するものとして捉えるのではなく、互いを高め合う関係として経営に取り入れることが重要です。
例えば、AIによって業務が効率化されれば、社員が仲間やお客様に向き合う時間を増やすことができます。
そして、ホスピタリティによって組織の関係性が高まれば、AIを活用した新しいアイデアや業務改善の提案も生まれやすくなるでしょう。
AIの活用とホスピタリティの実践を両輪で進めることで、生産性と付加価値の両方を高めていく。
これが、AI時代におけるTHTホスピタリティ・マネジメントの目指す姿です。
■AIによって生まれた時間を、誰の喜びのために使うのか?
AIの進化によって、これまで人が担ってきた仕事の一部は、今後ますます効率化されていくでしょう。
しかし、企業の価値は、仕事をどれだけ効率的にこなせるかだけで決まるものではありません。
その先に、どれだけ新しい価値を生み出し、お客様や社会に喜びを届けられるか。
そして、社員自身が、その仕事にどれだけ喜びや誇りを感じられるか。
私は、そこに、これからの企業経営における重要な可能性があると考えています。
AIで生産性を高め、ホスピタリティで付加価値を生み出す。
そのためには、社員一人ひとりの人間力を磨くとともに、その力を組織全体の力に変えるマネジメントが必要です。
最後に、経営者の皆様に一つ問いかけたいと思います。
AIによって生まれた時間を、あなたの会社では、誰のどんな喜びのために使いますか?
その答えを考えることが、AI時代における新たな企業価値を生み出す第一歩になるのではないでしょうか。
