THTホスピタリティ・マネジメント|全24回
第Ⅰ章|なぜ今、ホスピタリティなのか
「求人を出しても、人が集まらない」
「せっかく採用しても、なかなか定着しない」
「人が足りないから、今いる社員の負担が増えている」
「管理職がプレイングマネージャーとなり、部下を育てる余裕がない」
「若手にもっと主体的に動いてほしいが、なかなかうまくいかない」
今、多くの企業で聞かれる悩みです。
しかし私は、こうした問題を単なる「人手不足」として捉えるだけでは、
これからの企業経営は難しくなると考えています。
なぜなら、日本の企業を取り巻く「人」の環境そのものが、大きく変わっているからです。
これまでのように、
「人が辞めたら、また採用すればいい」
という経営が、ますます難しい時代になっています。
これから企業に問われるのは、
「何人採用できるか」だけではなく、「今いる一人ひとりが、どれだけ力を発揮できる組織をつくれるか」
ではないでしょうか。
そして私は、そこにこそ、これからの企業経営にホスピタリティが必要になる大きな理由があると考えています。
■「人が足りない」は、一時的な問題ではない
日本の人手不足は、一時的な景気変動によるものではありません。
厚生労働省は「令和6年版 労働経済の分析」において、2010年代以降の人手不足を、
過去の人手不足局面と比較して「長期かつ粘着的」なものと分析しています。
さらに、2023年時点では、人手不足が相当に広い範囲の産業・職業で生じていることも指摘されています。
そして、この傾向は今後さらに大きな経営課題になる可能性があります。
「令和7年版 労働経済の分析」では、日本の生産年齢人口は2020年の約7,500万人から、
2040年には約6,200万人まで減少すると見込まれています。
約20年間で、1,300万人もの減少です。
もちろん、女性や高齢者、外国人など、多様な人材が活躍できる環境をつくることや、
AI・DXを活用して生産性を高めることも重要です。
しかし、それだけではありません。
これから企業は、
「必要な人材をどう採用するか」
と同時に、
「今いる人が、ここで働き続けたいと思えるか」
「一人ひとりが、自分の持つ力を十分に発揮できているか」
という視点を、これまで以上に持つ必要があります。
人手不足は、単なる採用の問題ではありません。
「人をどう生かす経営をするのか」という、経営そのものの問題になっているのです。
■「採用する経営」から、「人が定着し、力を発揮する経営」へ
実際、人手不足を考えるうえで、「採用」だけに目を向けることには限界があります。
厚生労働省の分析では、小売・サービス分野において、人手不足の事業所とそうでない事業所との差には、
入職率以上に離職率、つまり人材の定着が大きく関係していることが示されています。
人を採用する。
しかし、人が辞める。
また採用する。
教育する。
また辞める。
これを繰り返していては、採用コストが増えるだけでなく、教育にかけた時間やノウハウも組織に蓄積されません。
さらに、残された社員の負担が増え、その人たちまで疲弊していく。
人手不足が、さらなる人手不足を生む悪循環です。
だからこそ、これからの企業には、
「どうすれば採用できるか」だけではなく、「どうすれば人が定着し、成長し、持っている力を発揮できるか」
という視点が必要になります。
ここで重要になるのが、給与や待遇、制度、労働環境です。
これらを整えることは、もちろん欠かせません。
しかし、それと同時に考えたいことがあります。
それが、「人と人との関係性」です。
■働く人が求めるものは、一つではない
人は何のために働くのでしょうか。
生活のため。
収入を得るため。
専門性を高めるため。
キャリアを築くため。
成長するため。
自分らしく働くため。
誰かの役に立つため。
仲間と何かを成し遂げるため。
働く理由は、人によって違います。
だからこそ、すべての働く動機を「ホスピタリティ」だけで説明することはできません。
報酬も大切です。
待遇も大切です。
成長やキャリアも大切です。
専門性を磨き、自分自身の市場価値を高めることに喜びを感じる人もいるでしょう。
そして、ここでもうひとつ大切なのが、
「人は、一人ひとり違う」
ということです。
成長することに強く喜びを感じる人。
誰かの役に立つことにやりがいを感じる人。
仲間とのつながりを大切にする人。
成果を出し、評価されることに強く動機づけられる人。
同じ職場で働いていても、何を大切にするのか、何に喜びを感じるのか、
どのような関わり方が力になるのかは、一人ひとり異なります。
だからこそ、人を一律に捉え、同じように関われば、すべての人が同じように力を発揮するわけではありません。
私たちの仕事の多くは、人と人との関係の中で成り立っています。
上司がいる。
部下がいる。
同僚がいる。
他部署の人がいる。
取引先がいる。
そして、自分たちの商品やサービスを受け取る顧客がいる。
だからこそ、
「自分の意見を聞いてもらえる」
「困ったときに助けてもらえる」
「自分のことを理解してもらえている」
「自分の仕事を認めてもらえる」
「自分の仕事が誰かの役に立っている」
「この仲間と一緒に頑張りたい」
そうした人との関わりの中から生まれる感情も、働く人の意欲や行動に大きな影響を与えます。
ここに、ホスピタリティが企業経営に関わる重要な接点があります。
■これから必要なのは、「管理」に加えた「関係性のマネジメント」
企業経営において、管理は必要です。
目標を設定する。
役割を決める。
業務を標準化する。
進捗を確認する。
成果を評価する。
数字を管理する。
これらがなくては、組織は成り立ちません。
しかし、人は数字や業務だけで動いているわけではありません。
同じ仕事をしていても、
「この上司のためなら頑張ろう」
と思えることもあれば、
「言われたことだけやっておけばいい」
と思うこともあります。
同じ職場でも、
「困ったときは助け合おう」
というチームもあれば、
「自分の仕事さえ終わればいい」
というチームもあります。
この違いを生み出しているもののひとつが、人と人との関係性です。
そして、より良い関係性をつくるためには、その前提として大切なことがあります。
それが、
「相手を理解すること」
です。
「自分だったら、こうしてほしい」
「自分だったら、こう言われたら嬉しい」
ではなく、
「この人は、どう受け止めるだろう?」
「この人は、何を大切にしているのだろう?」
「この人が力を発揮するためには、どのような関わりが必要なのだろう?」
という視点を持つ。
人を理解すること自体が目的なのではありません。
相手を理解したうえで、その人が持つ力を発揮できるように、どう関わるか。
そこに、ホスピタリティがあります。
ザ・ホスピタリティチーム(THT)では、これからのマネジメントには、業務や数字、仕組みを管理することに加えて、
「人を理解し、その人が力を発揮できる関係と環境をつくる」
という視点が重要だと考えています。
相手を尊重する。
相手の立場に立って考える。
相手の話に耳を傾ける。
互いの違いや強みを理解する。
困っている人がいれば力を貸す。
そして、自分に何ができるかを考え、自ら行動する。
これらは単なる「優しさ」ではありません。
人と人との関係性をより良いものにし、一人ひとりが安心して自分の力を発揮し、
互いの力を活かし合うための重要な行動です。
THTでは、こうした人と人とのより良い関係性を育む基本姿勢・行動を、ホスピタリティとして捉えています。
■ホスピタリティは「人を大切にする」だけでは終わらない
ここは、THTの考え方を理解していただくうえで、とても大切なところです。
ホスピタリティを企業経営に取り入れるというと、
「社員に優しくすること」
「働きやすい職場をつくること」
と思われるかもしれません。
もちろん、それも大切です。
しかし、THTが考えるホスピタリティ・マネジメントは、そこで終わりません。
人を理解する。
その人に合った関わりをする。
より良い関係性が生まれる。
その中で、一人ひとりが持つ力を発揮する。
互いの強みを活かし合い、組織としてより大きな力を生み出す。
そして重要なのは、その力を「誰かへの価値」へつなげることです。
自分の仕事の先にいる顧客を想う。
相手が何を求めているのかを考える。
「このお客様に、今、自分に何ができるだろう?」
と考え、一歩先の行動をする。
その行動が顧客の喜びにつながる。
顧客からの「ありがとう」が、自分自身の喜びややりがい、誇りにつながる。
そして、それが次の主体的な行動への力になる。
その積み重ねがサービス品質や顧客体験を高め、
「また来たい」
「またお願いしたい」
という企業の「選ばれる理由」につながっていきます。
つまり、
人を大切にすることと、顧客への価値を高めることは、別々のものではありません。
そして、より良い関係性をつくることも、それ自体が最終的な目的ではありません。
人と人とのより良い関係を土台に、一人ひとりの「人の価値」を高め、その力を顧客への価値へとつなげていく。
ここに、THTがホスピタリティを「経営の力」として捉える大きな理由があります。
■だから今、企業経営にホスピタリティが必要になる
人が豊富にいて、辞めてもすぐに次の人を採用できる。
決められた仕事を、決められた通りに行えば成果が出る。
管理者が指示を出し、部下がその通りに動けば組織が回る。
そのような時代であれば、「人と人との関係性」は、今ほど重要な経営テーマではなかったかもしれません。
しかし、時代は変わりました。
人が採用しづらくなる。
働く人の価値観が多様になる。
仕事が複雑になる。
顧客のニーズも多様になる。
そしてAIやテクノロジーが、これまで人が担ってきた定型的な仕事を担うようになる。
こうした時代だからこそ、
一人ひとりをどう理解するのか。
一人ひとりが持つ力をどう引き出すのか。
その力を、どう組織の力に変えるのか。
そして、その力をどう顧客や社会への価値につなげるのか。
という問いが、企業経営にとって重要になります。
その土台となるのが、人と人とのより良い関係性です。
そして、その関係性を育み、一人ひとりの力を引き出し、
その力を誰かへの価値へとつなげていく基本姿勢・行動が、THTの考えるホスピタリティです。
■THTホスピタリティ・マネジメントとは
ここで、本連載を通じてお伝えしていく考え方を改めて整理しておきます。
THTでは、企業におけるホスピタリティを、大きく3つの領域で捉えています。
① インナー・ホスピタリティ(INNER HOSPITALITY)
― 人の価値を高める ―
社員同士、上司と部下、自部署と他部署等、人と人とのより良い関係性を育み、一人ひとりが安心して力を発揮し、
自ら考え、自ら動き、仕事へのやりがいや誇りを高めていく。
これが、インナー・ホスピタリティです。
② カスタマー・ホスピタリティ(CUSTOMER HOSPITALITY)
― 顧客への価値を高める ―
一人ひとりが持つ力を、お客様への気づきや思いやり、自発的な行動へとつなげ、人にしか提供できない付加価値を生み出していく。
その積み重ねによって、顧客体験を高め、企業の「選ばれる理由」をつくる。
これが、カスタマー・ホスピタリティです。
③ ソーシャル・ホスピタリティ(SOCIAL HOSPITALITY)
― 企業・社会への価値を高める ―
一人ひとりが自分の仕事の意味を理解し、企業の理念や存在意義を、自分たちの仕事における「現場の共通目的」へとつなげる。
そして、その目的を日々の行動や商品・サービスとして体現し、自社らしい価値を顧客や地域、社会へ届けていく。
これが、ソーシャル・ホスピタリティです。
この3つは、別々の活動ではありません。
ホスピタリティで、人の価値を高める。
人の価値が、顧客への価値を高める。
顧客への価値が、企業・社会への価値を高める。
そして、そこで生まれた顧客からの支持や信頼、ブランド、採用、定着、生産性などが企業の成果につながり、
その成果を再び人・顧客・社会へ還元していく。
この価値の好循環を企業経営の中につくることが、THTホスピタリティ・マネジメントの目指すところです。
ただし、すべての企業が、必ずインナー・ホスピタリティから取り組まなければならないということではありません。
企業によって、組織の状態も、抱えている課題も違います。
すでに良好な人間関係や組織文化がある企業であれば、カスタマー・ホスピタリティから始めてもいい。
顧客からは高い評価を得ていても、理念や自社らしさが現場の仕事につながっていないのであれば、
ソーシャル・ホスピタリティから取り組むことも考えられます。
大切なのは、
自社の現在地を知り、今必要なところから始めること。
そのうえで、社員・顧客・企業・社会への価値をつなげていくことです。
■「人が足りない時代」だからこそ、「人を生かす経営」へ
これから企業に必要なのは、単に「人を増やすこと」だけではありません。
一人ひとりを理解する。
一人ひとりを尊重する。
一人ひとりが持つ力を引き出す。
その力を組織の力にする。
そして、その力を顧客や社会への価値につなげる。
人口が減少し、人材の確保がますます難しくなる時代だからこそ、
「社員をどれだけ抱えているか」ではなく、
「社員の力をどれだけ引き出し、価値につなげられるか」が、企業の競争力を左右する。
私はそう考えています。
だからこそ今、企業経営にホスピタリティが必要なのです。
ホスピタリティで、人の価値を高める。
人の価値が、顧客への価値を高める。
顧客への価値が、企業・社会への価値を高める。
THTでは、この価値の好循環を企業経営の中につくることを、ホスピタリティ・マネジメントと捉えています。
では、人が力を発揮するためには、給与や待遇、制度を整えれば十分なのでしょうか。
もちろん、それらは欠かせません。
しかし、人は経済的な条件だけで動いているわけではありません。
次回Vol.02では、「経済合理性だけでは、人が動かない時代になった」
をテーマに、人が働くうえで何を求め、何によって自ら動きたくなるのか。
その背景から、これからのマネジメントについて考えていきます。
ホスピタリティで、すべての働く人に喜びと誇りを。
ホスピタリティを「おもてなし」から「経営の力」へ。
ザ・ホスピタリティチーム株式会社
代表取締役/ホスピタリティコンサルタント
船坂 光弘

