そこに愛はありますか?

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先日、ある企業様で研修をした際の質疑応答で、

「船坂さんがホスピタリティを体現する上で日々大切にしていることはありますか?」

という質問がありました。

私は、その質問に「そこに愛があるかです」と答えました。

ホスピタリティは、「相手のことを主体的に想う心であり、行動です。」

それは、自分の損得を超えた思いやりや尊敬、気遣い、おもてなしです。

何故「愛」なのかと言えば、そこに「愛」が無ければ上辺だけになってしまい、

心が伴った接客や行動にはならないからです。

私がホテルマン時代に、婚礼課に12年間在籍していたのですが、

延べ500組以上のカップルの結婚式を担当させていただきました。

もちろん、その中には、苦手なお客様もいらっしゃいました。

大きなクレームをいただいたお客様もいらっしゃいました。

しかし、今考えると「出会わなければ良かったお客様はひとりも居ません」

今の自分があるのも、その方々のおかげであり「愛すべきお客様」です。

社内でも、嫌な上司や自分の事しか考えない他部署の部長、

問題ばかり引き起こす部下など、様々な人と仕事をしてきました。

その時は、「何でこの人はいつもこうなんだろう」って思っていましたが、

今、振り返ってみると「あの嫌な上司に鍛えられたから今の自分がある」

と思えます。

今になって思うと「愛すべき人達」です。

こうやって今になって思うとそう思えるのに、当時はそう思えない自分が居ました。

だから最近では、どんな人に出会っても、

「どうせ将来、自分にとって愛すべき人だと思うのだから最初から好きになろう!」

と自分では思うようにしています。

また、私たちは、そういう方達に磨かれて今の自分があることを忘れてはいけません。

嫌いな上司も、苦手なお客様も、その方達に磨かれて今の自分があるのです。

従って、出会う人すべてが自分に必要な愛すべき人達なのです。

よく研修で、「好きな人、嫌いな人を決めているのは誰ですか?」という質問をします。

そうです、それは自分自身です。

相手に好きになって欲しい、嫌いになって欲しいとお願いされていないのに、

自分自身が勝手にそれを決めているのです。

従って、すべては相手がこういう人だからではなく、自分次第ということです。

基本的には、人は好意を寄せられて嫌な気持ちになる人は居ません。

それは、私の経験上では返報性の原理で、相手も自分に好意を寄せてもらえます。

従って、相手のことを受け入れて好意を寄せる、つまり愛を持つことが結果的に、

相手への心の伴ったホスピタリティを提供できることになり、

社内であれば良好な人間関係、お客様であれば、自分のファンになってもらえる

ということになります。

「自分に必要な人しか自分の前に現れない」

「目の前の人に自分は磨かれている」

「将来、振り返れば、この人も愛すべき人になる」

そう考えると、目の前の人を愛することができるのではないでしょうか?

何かを頼まれた時、人と出会う時、お客様との打合せの時、

相手に対して、「そこに愛はあるか?」

意識していただくと、きっといいこと沢山ありますよ。

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